前回は自尊心や自己肯定感がカケラもなかった私がどうやってそれを身につけたのか、についてお話ししました。
元々は自己肯定感を持ち合わせていない私ですから、他人のどういう言動に勇気付けられたり、反対に気持ちを削がれているのかはなんとなく肌感として持っています。
だからこそなのですが私自身が誰かとお話をするとき、どうせなら相手にいい影響を与えたいと無意識に考えていたようで、最近気がつかせていただきました。
教えて頂いたのは私が信頼しているアフィリエイターの一人、ニコさん(@nico_ccho)です。
ニコさんいつもお世話になっています、ありがとう。
というわけで、今回はそんな私が誰かとお話しするときに気をつけていることを改めて考え直し、棚卸ししてお話しします。
頑張っている人は素直に褒める
まずこれを気をつけています。
経験的にも個人的あるあるなのですが、とりあえず頑張りを認めてもらえるだけであともうちょっと頑張れる気分になれるとは思いませんか?
それに特にTwitterのTLとか見てると何かを頑張っている人だらけじゃないですか、普通にすごくないですか?
リアルでもみんなよく見たら何かしら頑張っているものです。
- 頑張っている人がいたら、すごいなって言う。
- 頑張っている人もたくさんいる。
- だから、機会があればちゃんと伝える。
自分のひと言が誰かのあと一歩に繋がるなら、その一言を言わない理由もないでしょう。
恥ずかしいのは腑に落ちていないから
とはいえ、すぐに行動に移すって難しいと思います。
恥ずかしいでしょ、実際にいうのはやっぱ。
私も思い返すと素直に人を褒められない時がありました。
ただ、いつの間にか言えるようになっていました。
この差ってなんなんだろうと改めて考えると、それが自分にとって「当たり前になっているかどうか」が重要だと気がつきました。
「すごいって言う」ことが当たり前なのではなくて、「あの人超頑張っているよね」「あの人超すごいよね」がどれだけ腑に落ちているか、ということです。
中途半端に感じている程度で「言おう」と思うから妙に気恥ずかしいんです。
だから私がリアルやSNSで「すごい!」って言うときは、ポロッと出るくらいにはめちゃくちゃ本気で思っています。
「すごい」の評価軸
変に自分に自信を持っている人、自分しか見えていない人は頑張っている人を見た時「そんなん俺もうできるし♪(´ε` )」とか「そんなレベルのことをいちいち言うなし(# ゚Д゚)」みたいに思いがちです。
ていうか、Twitterだと本当にこれで人を攻撃しちゃっている人すら見かけます笑。
「発達障害」を免罪符にするな、とかね。
マジかよって感じ。
さて、私は何かを頑張ろうとしている人を見たとき「その人らしさ」や「その人のいいところ」が自然と見えるので2つの基準軸で見ています。
その基準軸は
- 自分の中でそれがどれだけすごいか
- 相手にとってそれがどの程度のことか
この軸で見た相手のいいところを自分の中で感じながら相手と接すると「この人はこんな環境でここまで頑張っているのか」ということが見えてきて、自然と「すごいっスな」という言葉になります。
無理に言う必要はない
私も思ってはいても、実際に「すごい」って言えてる人数はわずかです。
そもそも接点がないとただの「怪しい人」になっちゃいますしね笑
じゃあいろんな人とたくさん接点をもとうよ!
となりそうですが、そこまでする必要はないと思います。
無理のない範囲で、徐々に機会があれば自然と言う。
会話が終えたときに「あの時これ言えたなあ」と思った時次から言うくらいが私の基準です。
ぴぴちゃんに対しても基本は同じ
さて、ぴぴちゃんに対しても基本的には同じように対応しています。
一つ何かができたら「すごいね」「偉いじゃねえか」「やるねぇ」など、もうべた褒め。


ええことばっかり言うてるけど、
すすちゃん色々うるさくも言うたりもするやん!


そりゃ一緒に住んでる分、褒められることだけじゃないって笑
あかんときにはアカンって言うで。
まあ接する時間が長い相手ならメリハリ大切ですね!
違う点があるなら、ぴぴちゃん自身は無条件で褒めまくっていることでしょうか。
「あーもうぴぴちゃんかわええなあ(*^^*)」
「きょうもかわえええなあああ\(^o^)/」
「最近ぴぴちゃんよー頑張ってるわほんま!」
「、、、つくづくお前ってほんとスタイルいいよな(#^ω^)」
などなど、もう毎日褒めてます。
その結果はじめは「可愛いとか言われたことないわ!」とか言ってたぴぴちゃんも、今では


ぴぴかわいいから!!
だからなんでも許されるの!!
といい出す始末笑
いや、いいことなんだよ!
ぴぴちゃんも結構親にボロクソ言われてきた過去があったりするのですよ。
そんなぴぴちゃんが自尊心を持ってくれてるというのは嬉しいことです。
そしてどうやらこの方法、間違っていなかったようで最近こんなツイートを目にしました。
成功体験を重ねることでしか、自信はつかないと思ってたけど、違うみたい。だって、小さな子供でも堂々としている子は成功体験をそこまで積んでない。何もない自分をただ受け止めてもらう、それだけで「自分は大丈夫なんだ」と思える
— ぷり子 (@puriko_adhd) August 7, 2019
褒めるっていいね!
なんで人を褒めなあかんねんって思う方へ
「一銭の得にもならへんやん面倒くさい」と思う方もいるでしょう。
いいんですよ、やらなくて。
とはいえ共感性が低い方にも納得いただけるような、褒めた側へのメリットのについても一応お話しておこうと思います。
調べてわかったのですが、人を褒めるっていうのはやったらやったで実は自分にも良い効果があるんですよ。
一つは返報性の原理です。
人は他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くが、こうした心理をいう。この「返報性の原理」を利用し、小さな貸しで大きな見返りを得る商業上の手法が広く利用されている。
試食や高級ブランド店の接待なんかもそれですよね!
今回の場合も結果的にはこれを狙えるのではないでしょうか。
もう一つはヘルパーズ・ハイ。
詳細はこちらで解説されていますが、簡単に言うと人に親切にすると『ドーパミン』が分泌されて気分が高揚したり、やる気が出たり、集中力が出たり、いい事ずくめ。
皆さんも人に道を教えたあとの「してやったり感」にホクホクした経験などありませんか?
アレです。
親切を継続的に行うことで、普段から気分が改善したり寿命が伸びたりなんて言う効果もあるようですね。
もうするしか無いでしょ。
生ぬるい?それは多分、知らないだけ。気づいていないだけ
多分ここまで読んで、もしくは読まなくても「なーに言っとるんじゃこいつは」と思う方もいるでしょう。
いいんですよ、こういう薄ら寒いような考えの人もいる、ということだけ覚えておいてください。
逆にわかっていただける方がいるとするなら、こんな駄文に付き合って頂いて本当にありがとうございます。
私が誰かを褒めるのは、馴れ合いとか足の引っ張り合いとかそういうんがしたいのではなくて、共にどこかを目指す「仲間」として励まし合える人になりたいと常々思っているからです。
いつか、中国人留学生の彼がしてくれたように。
共感いただける方がいらっしゃれば、せめて頭の片隅にでも置いておいていただけると幸いです。
みんなが頭の片隅に置いてくれると、もっと住みよい世界になるんじゃないかなあなんて思ったり。
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